【英語教育の研究】英語教育に当事者研究を入れること(note抜粋)

 

はじめに

学部のゼミで配る予定のエッセイをここで記事化してみました。心理学の研究で使用されている「当事者研究」という手法を英語教育の研究に試用しようとするのはどういうことかという浅いように見えて、深い内容を書きました。

当事者研究を英語教育の研究に入れること


ボクは最近、当事者研究という手法にやたらと興味を持っています。当事者研究は学部2年生の時に自分の研究で使っていた研究手法ですが、とても扱いづらいという印象を持って、別の研究をしようと思いました。

よって、学部2年生の時は当事者研究を諦めてしまったことになります。しかしながら、当時からすれば当事者研究というのは斬新すぎる手法であったように思いますが、今になれば、当事者研究の手法を編み出した人が海外で講演を行ったり(なんと!実は当事者研究というのは日本の北海道発の研究法です)、それによって、国際学会が開かれたりと、わりと、世の中に浸透してきた研究方であると思っています。

さて、そういう当事者研究は日本初の研究と書きましたが、実は心理学の世界で用いられることがとても多い手法ですし、元々は心理学の世界で生み出された手法です。浸透してきたのは、今の研究の背景にある「自分を実験の参加者として含めてはいけない」ということでしょうね。

自分を研究の対象として入れてはいけないのは、実験に参加者バイアスを防ぐためでもあります。やはり、自分を実験の参加者として入れるのは、英語教育の世界ではためらいがあるのです(そして、そういう研究をする人は、よく、統計的手法を用いずに会話分析などの質的なアプローチを取ろうとする傾向にある)。

しかし、英語教育、こと教員養成に関していえば、当事者研究を導入することは必須の条件ではないでしょうか。当事者研究は、もともと、統合失調症を発想して、いわゆる「爆発」の原書を起こしていた男の子が、自分のことについて研究してみなよと諭されたところからスタートしています。いわば、自分のことについて研究をするのが当事者研究の最大の要であると言っても過言ではないでしょう。

そこから客観的なデータを得るこちはできないという周りからの意見が聞こえてきそうですが、そうすると、果たしてその「客観的なデータ」とは何のことかということになってしま雨と考えます。もっと派生すると、研究とは何か、という壮大なテーマにもなりかねません。しかし、英語教育の世界では、それについて議論されることがあまりにも少ない。それについては認めなければいけません。

当事者研究について考えること


原則があれば例外がある、という諺のような格言があります。これを研究に当てはめてみると、研究という原則には、研究から外れてしまうものもあるということです。しかし、英語教育の研究者はこれについて積極的に考えていかなければいけません。今は関西大学の教授をしている田尻先生という方がいます。

この人の教え方は非科学的あるとされていましたが、多数の生徒からの支持を集めて、英語教育の世界では最高と言われる賞の「パーマー賞」を授与されています。しかし、研究の世界では非科学的なこととして揶揄されていました。

研究というのは、そのようなことなのかな??つまり、生徒から支持を得ていても、それが非科学的なことであるとするならば、それは研究の対象から外れてしまうのかということです。誰もが「英語の教育現場に役に立つような研究をしたいんだ!」と思ったことでしょう。

しかし、いつしか、出版や論文投稿を重ねるにつれて、そのようなことを忘れていき、多くの論文に埋もれてそれは英語の先生から「現場を無視している」と冷笑の対象になっていきます。その場合、現場を無視しているものは「研究」と呼ぶのでしょうか。生徒から支持を受ける教授法について研究をすることが必要な木がしています。そして、それはとても大事なことであるように思いますね。繰り返します。それは本当に大事なことです。

非科学的ではないものに対して従来の科学の持っている視点を見つめなして、科学をするというのはとても大事な気がします。

さて話がそれましたが、仮に当事者研究が学習者の英語の勉強を促進するならばばとして、それは英語の学習現場に貢献することであり、僕らはこれに対してかなり深い議論をしなければいけないということになります。

まとめ

ボク自身の意見を言ってしまうとー一人の英語の研究者として絶対の確信を持っていうならばー英語教育の研究者は英語の一見して非科学的な教授法を包括するメソッドを確立した方がいいように思います。先ほど、英語教育にとって「研究とは何かということを考える」のは壮大な議論になるだろう、と書きました。

そうです、これは一種の研究のもつパラドックスのようなもので、深い議論を交わしてできれば、論文にする必要性まであるでしょう。少なくともボクはそう思っていますし、それを研究テーマにしばらくはすすめます。

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